演劇ユニット成金天使公演
雨の一瞬前

1996年8月30日(金)〜9月1日(日)
文芸坐 ル・ピリエ
作・演出 山田裕幸
出演 臣野洋 能島瑞穂 中村理明 西巻コー 鈴木千影 久保田芳之 大地あいり 宮入恭平 山路誠 千葉宏樹

 ごあいさつにかえて 

 この「雨の一瞬前」は、ある倉庫に一人の男がいて、次々彼を訪ねて来るという、まあただそれだけのものです。そして、この作品は、恐らくこの劇場でのみ上演可能です。まあ、他でやれと言われたら、やらないことはありませんが、それでも脚本を書き直す必要があります。
 途中暗転はありません。しかし時間が経過する所が一か所あります。これは、ごく普通にご覧いただければ、どこかはすぐにお分かりになると思います。そこを境として、ある夏の日の午前と午後というようになっています。
 いつものように、舞台上での出来事といえば、ほんの些細なものでしかありません。しかし本作品でいえば、同時に「母の死」というもう一つの舞台も同時に進行しています。最初は少し状況が分りにくいかもしれませんが、その辺も含めて最後までお楽しみいただけたらと思います。
 と書くと、今回は何やら非常に難解そうに思われるかもしれませんが、そうではありません。ただもしかしたら、みなさんの中には『私って芝居の途中で意味が分らなくなるといつも寝てしまうの』という方や、『生理的にそういうのって、嫌なの』という方もいるかもしれませんので、一応念のため。しかしでも、安心してくださ。十分、楽しんでいただけるはずです。
 演劇なぞに関わっていますと、実に時間の経過が早いもので、大概年に二本も新作を上演していれば、それで一年が終わってしまいます。年々その加速度は増すばかりで、時として気が付かぬうちに、季節は変わり、年を重ね、そして何かを得、何かを失っていきます。
 そしてあらゆる事を、それが実際に起こった、まさに事実であるというそのイメージに、自らを馴らさなくてはならないのです。現実はいつもそこにあり、それをどこかに押しやってしまう事など、私には到底できないからです。淡々と気付かぬうち、世界は変わっているはずです。そしてきっとあるはずなのです。前の世界と、その後の世界では違いが。何か決定的な違いが。
 分っています。分っています。
 見覚えのない無感覚さ、喪失、焦燥。唯一私が演劇の求めるものがあるとすれば、それを乗り越えようとする事ではなく、受け入れようとする決意なのです。
 今回の「雨の一瞬前」は、雨、それも夏の激しい夕立が降る、その一瞬前の色々を舞台にそのままのせてみたいと思いました。実際には雨は降りません。しかし確実にこれから降るという、まるで演劇の嘘を楽しむかのように、ここまできました。パンフには書かれていませんが、実に多くの方々に力添えを頂いております。感謝感謝。最後までどうぞごゆっくり。
(当日パンフレットの文章より)